奏〜桜〜

「……待て」

桜並木を歩いていると、突然奏さんが立ち止まった。

「どうしたんですか?」

ゆっくりと奏さんの方を振り返る。奏さんは、私から少し後ろに立ち、私をじっと見ていた。

ピンク色に霞む景色の中でぽつんと、なんとなく淋しそうな表情。
私は怖くなって、慌てて奏さんの傍に駆け寄った。

奏〜桜〜

「奏さん……」

「あ……悪い。この景色に溶け込んだおまえが、あまりにも綺麗で……儚くて、そのまま消えてなくなってしまうんじゃないかと……怖くなった」

「……」

「おかしいだろう、おまえはここにいるのに、一瞬、凄く遠くに見えたんだ。……きっと、俺はまだ怖いんだろうな」

なぜ自分がここにいるのか。

なぜ私の隣にいるのか。

幸せであればあるほど、同時に同じくらいの不安に押しつぶされそうになっていることを、私はちゃんと知っていた。

「……怖いのは私の方です」

ぎゅっ……

抱きついて、その温もりを確かめる。

「さっき、奏さん、どこかに消えていなくなっちゃいそうでした」

舞い散る桜の花びらと一緒に、風にさらわれ、そのうち消えていなくなってしまうんじゃないか……。

「もう、どこにもいかないで下さい。私の前から姿を消さないで下さい」

「ああ……、勿論、それを俺も望んでいる」

奏さんの腕が私の背中に回される。
その温かさとは裏腹に、呟く言葉にはどこか切なさが漂っている。

「だけど、おまえは考えたことはないか? 俺が存在するこの世界は、夢の中の世界なんだと。おまえが目を覚ませば、この世界は跡形もなく消え、この夢のことすらおまえは覚えていないんだ、と」

「……そんな……」

そんなことないって、はっきりとは言えない。
私だって、完全に不安が拭えたわけじゃない。だからこそ、こうやっていつまでも怖くて、奏さんの存在を確かめずにいられないんだもの。

「もし……これが夢なら、私、絶対に目を覚ましません」

「……」

「奏さんも、私が目を覚まさないように、こうやってずっと抱きしめて、温もりを与えて下さい」

頬に一滴、涙が零れる。その雫を、奏さんはそっと唇で受け止めてくれた。

「おまえを泣かせるつもりはなかった……」

「……」

「そうだな。夢でも幻でも構わない。今、俺は確かにおまえをここに感じている」

そう言って微笑むと、奏さんは今度は私の唇に、自分の唇を重ねた。

……この温もりが夢だなんてこと絶対にない。

絶対、絶対……ないよね……?








〜 F I N 〜



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